冗談抜きで家が建つほど服を買った俺のファッションブログ

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かすかすぴっぴ

ファッション好きな方、どぞ

ファッションと音楽の関連性について述べよ

◆結論:ファッションと音楽に相関はない

タイトルの問いに対する僕の回答は上のとおりだ。そう、ファッションと音楽には相関がないということ。たしかに昔からファッションと音楽はリンクしているという意見はよく耳にするし、事実、ミュージシャンから影響を受けたデザイナーはたくさんいる。そして彼らデザイナーが、各々の好きなミュージシャンの服装をヒントにリリースした洋服が無数にあるのが現状だ。
 
クラッシュデニムなんか、まさにその最たる例だろう。あれは世界的ロックバンドのNIRVANAのフロントマン、故カート・コバーンの影響に他ならない。彼に影響を受けたデザイナーたちがこぞってクラッシュデニムを製作したことが、クラッシュデニム誕生の背景である。そして大流行し、一時期東京の原宿や、大阪のアメリカ村などのファッションが盛んなエリアではみんな穴のあいたジーンズを履いていたものだ。今でこそその流行は落ち着いたけれど、今なおクラッシュデニムは定番のアイテムとして君臨し続けている。
 
次に、デザイナーについて。ミュージシャンに影響を受けたデザイナーといえば、エディスリマンなんかが有名だと思う。彼はかのビッグメゾン、DIOR HOMME就任中に一時代を築いたデザイナーで、現在はSaint Laurent Parisのデザイナーとして活躍中の超大物だ。当然ながらエディには非常にファンが多く、それこそSaint Laurent Parisのデザイナーとして戻ってきた時には全世界のファンが狂喜乱舞したものである。ちなみに日本のデザイナーでは元ナンバーナイン、現ソロイストの宮下貴裕さんとか、アンダーカバーの高橋盾さんなんかが有名だろう。彼らも音楽の影響を強く受けており、それは作風に濃く表われている。
 
ほかにはこういうケースも見られる。それは、好きなミュージシャンに憧れて服が好きになったというケースだ。憧れのミュージシャンのようになりたいという純な想いで、格好から真似をする。まさに形から入るというやつで、皆さんも経験があるのではないだろうか? かくいう僕も高校1年生の時くらいにはBUMP OF CHICKENの藤くんこと藤原基央さんに憧れて前髪で目を隠し、胸元が広く開いた黒のカットソーなんかを着て「これで俺も藤きゅんだ!」とドヤ顔でその辺を歩いていた痛々しい経験がある。
 
このようにたくさんの例があるため、一見ファッションと音楽にはものすごく深い関連性があるように見えるわけだ。
 
しかし、だ。このような事実を目の当たりにしようとも、僕の答えは揺るがないのである。そう、バンプのファルシオンという曲の中で、「揺るぎない信念だろう」と歌ったバンプ藤原基央さんのように、僕はファッションと音楽に相関はないという持論を決して曲げるつもりはないのである。
 
さて、早々に物議を醸し出しそうなお題になってしまった。今にも批判の声が聞こえてきそうではあるが、僕だって一人の物書きだ。批判を恐れて筆もといキーボードのタイピングを止め、書くのを止めるわけにはいかないのである。ということで、僕が冒頭から声高々に主張した「音楽とファッションに相関はない」という根拠を、ひとつひとつ検証していくとしよう。これに納得するかどうかは皆さん次第だが、どうか最後までお付き合い頂けると幸いだ。 
 

◆根拠その1:ファッションから生まれた音楽はない

まずはこれだ。ファッションから生まれた音楽はないということ。これは一体全体どういうことなのかを説明していこう。
 
まず、僕は冒頭で音楽をキッカケにファッションを好きになった例を紹介した。もっとも、正確には好きなミュージシャンをきっかけに、だが。今回紹介したのは二つで、一つは音楽を入口としてファッションを好きになるというケース、もう一つはデザイナーが音楽をヒントに洋服を生み出したというケースだ。そしてこれらが意味するところはすなわち、以下の通りである。
 
音楽から服が生まれたということ
 
このように言えるだろう。もっとも、ミュージシャンの服装から上記のような現象が生まれているため、正確にはミュージシャンから生まれたということになるが、音楽自体は演奏者から生まれるものだし、細かいことは抜きにしてこのように結論付けて問題ないはずだ。
 
だが、その逆はどうだろう? つまり、「服から音楽が生まれた」ということ。これは服と音楽という二つの固有名詞を入れ替えただけなのだが、面白いことにこうするだけで途端に概念が成立しなくなる。なぜなら、服をきっかけに生まれた音楽はないからだ。
 
たとえばBeatlesのHEY JUDE。たぶん全世界に知らない人はいないであろう名曲中の名曲。これはポール・マッカートニーがジョン・レノンの長女、ジュリアンに宛てた曲とされている。つまり特定の誰かを思って生まれた名曲と言えるだろう。
 
※余談だが、僕は小学生のときにこの曲をリコーダーで吹くことができなかった。そんな僕を見かねた担任の先生は、僕に毎日居残り練習をさせるようになった。しかし、それでも一向に吹けないものだから心底あきれられてしまい、挙句の果てには通知表で最低評価の1を付けられてしまったのである。そしてその通知表にぶち切れた母は僕に吹けるまで外出を禁止し、学校でもHEY JUDE、家でもHEY JUDEばかりを吹き続けたという苦い思い出がある。
 
次に国民的アイドルグループ、嵐の超名曲の「Love so sweet」を例に挙げよう。これは大ヒットドラマ・花より男子の主題歌としてあまりにも有名だと思う。この曲の売り上げ枚数は429,832枚で、CDが売れない現代においては大ヒットと言える。この「Love so sweet」はもちろん花男同様、恋愛をテーマにした曲なので、恋愛から生まれた曲と言って相違ないはずだ。当時、そんな甘い恋の歌に日本の皆さんが心を打たれたのである。ちなみに僕も感動したし、嵐ファンのうちの母に至っては通常版と初回限定版をそれぞれ視聴用と保存用、計4枚を購入するという快挙をみせた。
 
さて、このように、俗に言う名曲が生まれた背景の多くは愛とか友情みたいな、実に普遍的なテーマばかりだ。特に僕たちが住む日本国においてはその傾向が顕著で、もはやそれらのテーマ以外を歌うのは異端だと言わんばかりに同じようなもので溢れ返っている。僕はこの現状にいい加減辟易しているのだが、その話はこの場においては割愛させて頂く。
 
しかし、だ。皆さんはファッションを背景に生まれた名曲を聞いたことがあるだろうか? 少なくとも僕は聞いたことがない。考えてもみてほしい、どこの世界に「洋服最高! みんなファッションに心身を捧げてイケイケになろうぜ!」なんて曲があるというのだろう? どこの世界に「俺は家が建つほど服買ったYO! ベンツや家よりやっぱ洋服だYO! セイホー!」なんて馬鹿げた曲があるというのだろう。こんなことを主張したって多くの人の心の琴線に届くとは到底思えないのは僕だけだろうか? それなら愛や友情と言った誰もが理解できる概念を歌ったほうが多くの人の共感を得れるのは明白だし、やらしい話ビジネス的にも勝算が見込めるというものだ。
 
これらの例から見てもわかる様に、音楽から生まれた洋服はあるけれど、洋服から生まれた音楽はないのである。だからファッションと音楽の関係は一方通行と言えるだろう。
 

根拠その2:ミュージシャンは洋服に興味がない人が圧倒的に多い

お次はこれ。そもそもミュージシャン、つまり音楽をやっている人は実はあまり洋服に関心がないのである。こうもはっきり言ってしまうと「そんなことない!」と言われてしまいそうなものだが、まぁそう焦らず聞いていただければ幸いだ。
 
たしかに、おしゃれと言われているミュージシャンはいる。最近のバンドで言えばサカナクションとかがそれに該当するのではないだろうか? 彼らのやっている音楽はもちろん、当の本人たちもあか抜けているから、彼らは総合的におしゃれと言っても差し支えないはずだ。
 
ほかにはRadioheadのトム・ヨークなんかもそうだろう。彼は世界的バンドのフロントマンだから非常にファンが多い。それも信者レベルのファンがたくさんいて、もう一種の宗教と化している。そしてその信者の皆さんは、トムヨークめっちゃおしゃれ~(はぁと)と評価しているのだ。たしかに彼は洋服好きで有名だから、そのように評価されるのは自然なことと言える。ちなみに彼の好きなブランドはA.P.CとかMartin Margiela。某オークションサイトでマルジェラと検索すると、トムヨークの着用画像と共に「トムヨーク着!」という文言をがっつりアピールされているのをよく見るから、やはり影響力は強いようだ。
 
しかしだ、そんなおしゃれなミュージシャンなどほんの一握りしかいない。これはタイトルの通り、ミュージシャンの大多数が洋服に興味がないからなのだ。というよりも、音楽をやっている人の大半は洋服に興味を持つことすらできないというのが現状だ。なぜなら彼らは、音楽活動以外に目を向けることができないからである。その原因は、音楽活動には膨大な時間と多額の資金が必要になるからに他ならない。
 
これを理解するためには、まず音楽活動というものを知る必要がある。だからバンド経験があるこの僕が代表して、音楽活動とは一体全体どういうものなのかということを説明していこう。音楽活動は大きく分けて2つに分類される。ちなみに今回は、バンドを例にとって説明していこうと思う。
 
・個人練習とバンド練習
・ライブ出演
 
このうちもっとも時間を消費するのは練習だろう。ただ、一口に練習と言っても楽器の練習は一つではない。それぞれ個人練習とバンド練習に分類される。だからミュージシャンの皆さんは、常に二つの練習に追われているということになる。
 
まず個人練習。これは一人で楽器の練習をすることの意だ。なぜなら楽器もスポーツと一緒で基本的に毎日の鍛錬を怠ってはならず、常に研鑽を重ねていかねばならない。それにミュージシャンの間では楽器の練習を一日でも怠ってしまうと楽器に対する感覚を失うだとか、積み上げてきたもの全部パーだとか、まるで脅しのような脅迫概念が蔓延している。かく言う僕も毎日毎日何時間も練習をしたし、プロドラマーのスティーブン・スミス氏も前進したいなら毎日練習するしか方法が無いと名言しているくらいだ。ちなみに氏の言葉は以下の通りである。

たまに練習を休んでしまうと、休み明けの練習が、前回の感覚を取り戻すための練習になってしまうことに気づいたんだ。だから、前進したいなら毎日練習するしか方法が無いんだ。――スティーブン・スミス氏のDVDより
次にバンド練習。当然ながら、バンドは複数人から成るので、みんなで集まって練習する必要がある。これはリハーサルスタジオを利用して行うのがデフォなのだけれど、リハーサルスタジオは貸しスタジオなので利用するには当然料金が発生する。そしてこの料金がバカにならない。バンド経験がある人であればお判りかと思うが、「金ないからスタジオ代立て替えといて(泣)」というバンドメンバーが続出するのがスタジオ利用における常だ。もちろん僕もバンドメンバーにスタジオ料金を立て替えてもらった経験がアホほどある。
 
さて、気になる料金だが、僕が過去に使っていたところは2時間で一部屋5千円という料金体系だった。僕らは4人バンドだったので、一人頭1250円を払っていたということになる。これを知ってあなたは、「なんだ、そんなもんかよ」ってガッカリしたかも知れないけれど、考えても見てほしい。これを月に5回払ったらいくらになるだろうか? 答えは簡単、1250円×5で6250円だ。これだけでもなかなかだと思うのだが、おっそろしいのがこれは毎回2時間利用したときの料金ということである。日によっては4時間くらい利用するときもあるし、深夜練習といって、深夜から朝まで6時間くらいぶっ通しで練習することだってある。こういった長時間の練習が増えれば増えるほどお金がかかってくるし、同様に時間も奪われてしまう。これだけでなんと2万円くらい使う月があるくらいなのだ、おっそろしいだろう?
 
次にライブについて。ライブとは俗に言うコンサートのことで、主にライブハウスでお披露目をするのがデフォだ。これも上述のリハーサルスタジオと同様、当然料金が発生するのだが、その料金はスタジオの比ではない。料金はライブハウスにもよるが、一日貸切でだいたい10万円くらいだ。さらに休日とか祝日だと、20万円くらいになることもある。これを参加バンド数で割り、そこで算出された金額がそれぞれのバンドのノルマになるというわけ。例えば合計10万円で4バンド参加するとしたら1バンドあたり2,5万円。さらにその金額をバンドの人数で割ると、一人当たりの必要金額が算出される。そしてこの金額のことをノルマという。
 
このノルマをこなすのもなかなかに骨が折れる。もちろん参加者をしこたま集め、ノルマ分の料金を回収できれば御の字だが、アマチュアのバンドでこのノルマを回収できるバンドなんてほとんどいない。精一杯努力しても来てくれるのはせいぜい友達が2~3人くらいというのがデフォだ。かく言う僕も集客しまくったのに全然集まらず、母に見に来てよと捨て身の営業をかけたことがある。そうなると当然収支は赤字。赤になった分は自分で補填をしないといけない。このようにミュージシャンの大多数はライブをする度に赤字となり、差額の埋め合わせとして多額の資金を費やしているということになる。
 
さらに、ライブにかかる時間も馬鹿にならない。基本的にライブの日は朝からライブハウスに来て、夜に終了というのがよくあるパターンだ。具体的には朝は本番のためのリハーサルをして、夕方くらいから出演で本番を迎えるという流れ。さらに、出演数が多いと終了が夜遅くになるというケースもある。しかも終ってから打ち上げがあったりすると、帰宅するのは深夜になったりするし、日によっては帰れない日だってある。このようにその日一日だけではなく、次の日にも影響することだってあるというわけだ。
 
そしてこれらの音楽活動を支えるために、ミュージシャンは基本的にアルバイト漬けの日々を送っているのである。そうでもしないと音楽活動にかかるお金を賄うことができないからだ。あくる日もあくる日も皿洗いをしたり、バイト先の社員やお客さんからは怒られたりと、とにかく耐えて耐えて音楽活動のための資金を得る。このように幾度となく理不尽な思いをしながらも、音楽活動のために心身をすり減らすのだ。だから彼らには、自分の時間と呼べる時間はほとんど存在しない。
 
さて、これで皆さんも音楽活動の実態を把握出来たと思う。ミュージシャンは連日アルバイト、リハーサルスタジオの往復で、帰宅した後も疲れた体にムチを打って楽器の練習をし、ライブの日には丸一日を費やす。これだけ缶詰状態で、どこに服へ関心を向ける時間があるというのだろう? そりゃあほかのことに興味を持つ暇なんてないし、服への関心を失うことも理解して頂けるはずだ。だからミュージシャンの大多数は、服に関心がないと言えるのである。
 

◆終わりに

 
以上を持って、今回の検証は終了だ。僕は「ファッションと音楽に相関はない」というたったこれだけのことを主張するために、二つの根拠を提示させて頂いた。いずれも僕の経験に基づいたものなので、それなりに説得力があったのではないかと勝手に思っている。なんなら「ファッションと音楽について」という議題があった際に、僕のこの記事を引っ張り出して頂いて一行に構わない。転載引用なんでもOKの大盤振る舞いだ。
 
毎度のことではあるが、僕の書く記事は基本的に長文である。前回の記事はトータル1万字を超えていたし、今回の記事も文字にして6600字くらいだ。だから読了するにはそれなり疲労感が伴うと思われる。それでも毎度お付き合い頂いている皆さんに、この場を借りて感謝と敬意を表明させて頂きたい。ほんといつもありがとうございます。また次回以降もお付き合い頂けると幸いである。